●二度目の講話

2013年に杉並区西倫理法人会で1回目の講話をさせてもらいました。今回は2回めで、こうして呼んで頂けたということは、前回は失敗ではなかったということかなと思っています(笑)。

昨日は名古屋で会議でした。というのは東京新聞は中日新聞社の東京本社が発行している新聞(約50万部)なので、名古屋の中日新聞本社で会議が行われることがあります。

社に戻ったのが20時過ぎ、トランプ大統領就任という日でしたので、当然社内は遅くまで記者が残っているわけですが、私は「明日の朝6時半から学んでいる真摯な人達がいるので」と先に帰らせてもらいました。

●編集局長とは

東京新聞の編集局長になって6年目、編集局長としては他紙をみても長い方だと思います。

日々の紙面づくりはスタッフに任せており、編集局長の仕事は「方針を示す=ブランディング」だと考えています。その意味では、ここにお集まりの経営者の皆さんの仕事に通じるものがあります。

今朝の出来たての新聞をお配りしましたが、一面トップは豊洲問題、左にトランプ就任を配しました。他紙はおそらくトランプを一面トップに持ってくるだろう、それに対し東京新聞は「東京のことに一番詳しい新聞でありたい」という地元主義に立って、豊洲トップという判断をしました。豊洲に関するこの記事は「実際に起きたこと、小池知事が表明したこと」という内容であり、トランプ氏については「これから起こるであろうこと」が中心になるので、その意味でも豊洲を取りました。

前回の2013年の講話は「3.11後の新聞の使命」というタイトルでしたが、2017年の今、「激動期の新聞記者の気構え」という題で話をさせていただきます。

●権力とメディア

トランプ氏は政権誕生の際にSNSを活用しました。これは、「権力の側がSNSを利用した初の大成功事例」と言っていいでしょう。

ご記憶の方もあると思いますが、アラブの春、あるいは日本の安保法制の際、市民の側がSNSを活用しました。アラブの春は大規模民衆運動になりましたし、安保法制の反対デモでも市民運動の大きなツールとなりました。市民が権力者をチェックし、行動を起こすツールだったのです。ところがトランプ氏はそのSNSを権力者の側として利用して大成功した。これは大きなことです。

トランプ氏の提供した情報が必ずしも正しいものではないというところにも、私は大きなショックを受けました。

今までは

市民⇔メディア⇔権力者

こういう構図だったのが、SNSによって

  市民 ⇔⇔⇔⇔ 権力者

と、直接市民と権力者がつながりうることが示され、メディアは中抜きになります。

トランプ氏の発する情報は必ずしも正しくない、本音ではあっても。

この「事実に基づかない」情報発信は、大変な問題です。報道倫理というのは「主義主張は事実factに基づいて表現される」ということが大前提でした。それがないがしろにされているのです。

●メディアの「My own media化」

これは、聞く側が、自分にとって心地よい情報しか聞きたくない。自分の受け入れたいものだけ聞きたい、ということであり、そうなると事実はどうでもよくなります。

2016年の欧米は「ポスト真実 post truth」という言葉で表されました。

これは、真実の時代が終わってその後の時代に突入したということです。

日本でも、「南スーダンは落ち着いている」と政府が発信したときに、実際には大規模衝突事件が起きている。真実が語られなくなっている。その時代に「なにがほんとうに必要でしょうか」。

●メディア、新聞の理想形

先にお話したようにメディアの中抜きが起きつつあり、それはそれで直接民主制と考えれば悪いものではないかもしれない。しかし、正しい情報に基づいていないとしたら、それは怖いことです。

トランプ氏はメディアと対決する姿勢を鮮明にしCNNの記者を攻撃していますが、そもそも「メディアは権力を監視するもの」です。そこに必要なことは「事実の積み重ね」であり、「これを伝えねばならない」という編集意思です。

新聞の容量は決まっていますので、集めた事実の中から選択がなされます。その選択=ジャッジは、根拠のあるジャッジでなければならないと考えています。

「事実に基づいて言いたいことを言う」(権利)

「事実に基づいて言わねばならないことを言う」(義務)

権利と義務を分け、メディアは「言わねばならないことを言う」ために権力の監視役となっていることを、今一度思い起こし、読者にも伝えねばと思います。

メディアは読者とともにあり、権力の監視者、市民の番犬でなくてはならない。

●メディアにとって怖いこと

権力者が直接SNSで市民とつながって、市民(読者)を焚き付け間違った方向に誘導し、メディアを挟み撃ちにすること、これを最も恐れています。

そうならないためにも、読者との強固な信頼関係を築く事が重要です。

新聞やメディアは「世直しのためにあり、読者(市民)を幸せにするための存在」にならなくてはならないし、それを紙面で立証していくことが求められます。

たとえばこんな例があります。

ひとり親家庭がシェアハウスに入居したら、事実婚と認定され手当が打ち切られたという事例がありました。東京新聞はその問題をしつこく何度も取り上げ、厚労省の基準そのものを変え、事実婚実態があるかないかをきちんと判断すること、というところにもっていきました。このように、メディアが読者(市民)の側に立って、世の中を変えていく力はあるのです。

●新聞力の強化の必要

東京新聞は地元紙です。その力をさらに向上させるために、読者から発せられたもの(情報や意見)をもとに記事化する、という、読者とのパートナー関係を模索しています。

新聞は古いメディアであると思われていますが、今の若い人にとってはむしろ「新しい」メディアとして出会う可能性もあります。

「そろそろスマホやネット情報の洪水に疲れていませんか?スローメディア、熟慮のメディアも魅力的ですよ」と発信し、若い読者を獲得していかなくてはなりません。

●定期購読は大きな力になる

経営基盤が強固なほど、権力を監視しやすくなります。定期購読は、新聞社のその基盤づくりに有効です。基盤がしっかりしていれば、起こる事態に対してブレずにメッセージを発信し続けることが出来ます。

もちろん、すべての記事に納得や共感を得ることは難しいものです。でも定期購読であれば、30日の内少なくとも16日を満足してもらえればいい、と思ってやっています。なんとか満足度が上回ります。

今、紙媒体への再評価が静かに起こっています。デジタル情報よりアナログ情報のほうが、人の記憶に残る残り方が決定的に違うと言われています。

熟読、熟慮という面で、紙媒体は優位に立っているのです。

それがわかってきて、紙媒体の生き残る可能性が高まったと思います。

●最後に

トランプ氏を批判した、女優メリル・ストリープさんのスピーチがあります。ゴールデングローブ賞の授賞式でのスピーチを、東京新聞は全文掲載しました。彼女のスピーチの中に

「軽蔑は軽蔑を招き、暴力は暴力を駆り立てます。権力者が自分の立場を利用して他の人々をいじめれば、われわれは全員敗者になります。

これは記者にも通じる話です。説明する力を持ち、権力者のあらゆる横暴を批判する、信念を持った記者が我々には必要です。だからこそ、建国の父たちは報道の自由を憲法に記したのです」

この言葉を肝に銘じて、これからも新聞づくりをしていきます。

【講 師】東京新聞社 取締役 菅沼 堅吾 氏
【プロフィール】
1955年生まれ。
早稲田大学政治経済学部卒。
1978年   中日新聞社入社。岡崎支局、静岡総局などの地方勤務後、東京本社(東京新聞発行)に異動。
       政治部長、社会部長、論説委員(一面コラム「筆洗」担当)、編集局次長などを経て
2011年6月 編集局長に就任
2015年6月 取締役となり現在に至る。石巻専修大学客員教授、専修大学評議員。
東京新聞の原発報道は「果敢なるジャーナリズム精神」と評され、第60回菊池寛賞を受賞。