kamanaka今日は8月6日、広島の原爆記念日です。

私はこれまで、核をめぐる映像作品を作ってきました。
今年はオバマ大統領の広島訪問のあった特別な年で、大統領からの謝罪はありませんでしたが、いろいろな意味の込められた訪問となった、と受け止めています。
また、今日後で上映する「小さき声のカノン」は、今日本のあちこちで上映していただいていますが、今年はもう福島の原発事故から5年、チェルノブイリの事故から30年の節目の年です。

「記憶を取り戻す」ということが全ヨーロッパの動きで、今年映画上映のためにドイツにも行ってきました。
ドイツ語版を作ってくれた団体があり、全ドイツで上映の動きとなっています。

ヨーロッパにはこういう「記憶の文化」があります。
人間は忘れやすいから思い出す仕組みを作っておかないといけないと、忘れない工夫を重ねています。
フクシマとチェルノブイリを忘れないというアクションです。
日本はむしろ「忘却の文化」一辺倒ですが、もう「記憶の文化」を育てていかねばなりません。

ドイツの人は私の映画を見てびっくりし、衝撃を受けています。
日本政府はこんなひどいことをしているのか、と。ドイツの旅の中で訪ねたフライアムトという小さい村があります。
人口4300人ですが、300%の自家発電をしています。
ある農家は実は狂牛病騒ぎをきっかけに肉牛飼育をやめてしまい、その牛舎に発電システムを導入しバイオガスによって250万kw発電しています、牛のうんちを発酵させるという仕組みになっています。
地下には三つの発酵層があります。バイオガスがモーターを動かして、発電をする。その時に発熱するので、熱も売っています。
この街では暖房に一切電気を使わないのです。
熱に電気を使わず、自然エネルギーを活用しているため、300%が可能になっています。

それに比べると日本は省エネが進まず、クーラーや空調を電気=石油で動かしています。
都市の大量消費を再生エネルギーで賄うことはそもそも難しいので、根本的に考えなおすことが必要だと思います。
フライアムトでは、木質チップも暖房に使っており、石油の1/3の費用で賄うことが出来ます。
こうしたドイツの取り組みには、学ぶことがたくさんあります。

「小さな声のカノン」は、トータルで400時間、3年かけて完成しました。
映画自体は2時間です。
毎月8日に発信している「カマレポ」というのがありますが、そのVOL.4をドイツ語に翻訳し、学校でディスカッションをしてもらいました。
つくづく思ったのは、ドイツでは「問いを立てる」「疑問を持つ」ことが当たり前で、そう教育されています。
考える訓練ができています。
日本では残念ながら「疑問を持つ」「自分で考える」ことができていないと感じます。

4月に起きた熊本地震によってフクシマの風化が一層進行しました。
福島は復興したと思われている、あるいはそう伝えられていますが、全くそんなことはありません。
また、被曝のリテラシーは日本の中ではきちんとした伝えられ方もしておらず、確立もしていません。

3.11のフクシマ原発の事故時に400種類の放射性物質が拡散し、放射性核種を東京の人も吸いました。
サラリーマンやOLは通常通り出勤し仕事をし、吸い込んだのです。
多摩市のみ一週間休校措置を取り、家から出るなということを徹底しました。
その時母親たちは勉強が遅れると文句を言いましたが、東京まで放射性物質が到達していたと後でわかり、学校側に謝ったといいます。

北関東、千葉、群馬は放射性物質はもっと強く広まりました。
でもそのことに対する警告は、政府から一切ありませんでした。
「直ちに健康に影響はない」と、何度も繰り返された言葉ですが、たしかに直ちに健康に被害はないけれど3年後5年後10年後に出てくるのが放射能被害です。
内部被曝は肺から血液にのって全身に広がります。

広島に原爆が落とされた時、1950年からアメリカの原爆調査団(ABCC)が日本に入り、8-9万人を、全く治療せずにただただ調査していきました。
それが広島の原爆研究所に引き継がれていくのですが、あの3.11の時にコメントを求められ、なんと言ったか。
「内部被曝の調査は一切してこなかった」、といったのです。

外部被ばくと内部被ばくは必ず同時に起きます。
人体の内部が汚染されます。被ばくはまだらに起こりますが、女性のほうが被害が出やすい、また若い人ほど出やすいので、胎児が一番弱く影響されやすいのです。
お母さんが被ばくすればお腹の中で、放射線物質は胎児に凝縮していきます。
低線量被ばくは内部被ばくが慢性化していくということ。

しかし日本政府は恐るべきことを決定しました、それはそれまで100ベクレル以下だった安全基準を大幅に緩和し、「8000ベクレル以下の汚染土を公共工事に使う」というものです。
これで日本中に低線量被ばくが広がるのではないかと思われます。

被ばくについての敷居が、フクシマ以降大きく下がっているのが日本です。
トモダチ作戦を覚えているでしょうか、3.11の時アメリカから応援に来てくれたのですが、実はトモダチ作戦に参加した人の中から8人ガンが出て、今東電を訴えています。
アメリカの裁判所です。

3.11のときのフクシマの事故時、放射能は大きく5本の流れに沿って拡散しました。

関東、静岡の一部にも到達しています。

初期被曝の影響はまず粘膜に出ます。眼や鼻、のど、そして腸壁に出ますので、鼻血や下痢という症状を伴います。

飯舘村などにスタディーツアーを安易に実施していますが、線量が高いので、そこで低線量の内部被ばくをすると、後で何らかの症状が出てくると思います。

甲状腺は成長ホルモンを出しているところで、ここで放射性ヨウ素は空中濃度の1-2万倍に濃縮します。甲状腺ガンが30万人中172人も出ており、手術をした112人中74%が転移済していました。
小児甲状腺がんは100万人中に一人と言われる珍しい癌なのに、この出方は異常です。
スクリーニング効果(たくさん調べたから以上が出ただけだ)ともいわれましたが、すでに転移している人が7割以上いる状況から、異常な事態と判断せざるを得ません。

福島だけでなく、北茨木でも、また松戸でも甲状腺の異常が発見されています。

肥田舜太郎先生は今年99歳の医師ですが、27歳の時に広島で被曝をしました。
前夜に広島から6km離れた戸坂というところから往診依頼があり、往診に言ってそのまま止まり、朝、患者さんに注射を打とうとした時に閃光が光った、爆風がその村にも到達し、農家は倒壊したそうです。
これは大変だと爆心地に戻ろうと自転車にのるのですが、向こうから真っ黒な人たちが逃げてくる。
3000人ほどが逃げてきたけれど、皆皮膚がボロボロに成って垂れ下がった状態の、ひどい状態だった、結果殆どの人がなくなったといいます。

原爆は過剰殺戮と言われますが、一人の人を殺せる1万倍のエネルギーで殺しているからです。

(数千度で皮膚を焼く、過酷な爆弾です)

その後、原爆の被害に直接あっていない人がばたばたと同じ症状を出しはじめ、肥田先生はおかしい、伝染病ではないかと最初は疑ったそうです。
広島に新型爆弾投下という小さな記事が新聞にのり、家族親類縁者を探しに来た人が、その後被爆地で被ばくをしていったのです。
後で内部被ばくによるとわかるのですが、そうした人を含め肥田先生は一生を生き延びた人の治療に捧げられました。この時に「内部被ばくは非常に危険だ」という確信が肥田先生の中に生まれました。

原爆ぶらぶら病、という病気があります。
DNAが傷つき、活性酸素が大量発生するためと言われます。
エネルギーを出すためにミトコンドリアが萎縮し、そのためにやる気が失せてしまうのです。

年間に1ミリシーベルト以上被爆しないほうがいいと考えられていますが、日本政府は20ミリシーベルトに上限を変更しました。

2015年6月12日に基準値を上げたので、20ミリシーベルト以下の地域の人は帰れることになり、補償が打ち切られていくことになります。
でも多くの人はそんな地域に帰ることが出来ません。
故郷に帰れず、かつ補償も打ち切られるという、「避難する権利」すら奪われつつあるのが福島の人びとです。

東京湾の海水も872ベクレルという数値を記録しています。
放射能が濃縮していっています。

被ばくに対しては、「保養」が実はとても有効です。チェルノブイリの時、イタリアはベラルーシから5万人の子どもたちを保養で引き受けました。
ドイツも保養を受け入れ、と、ヨーロッパでは保養が根付いています。
しかし日本では福島の子どもたちを含めて年間約8000人しか保養できていません。
21日間連続して保養に行くと、子どもたちの体内の放射生物質の数値は半分以下になるのですが、まだ一度も保養にいけていない子どもたちもたくさん居ます。

避難指示をされなかった地域からの母子避難は何も保証されておらず、さらに2017年3月に住宅支援が打ち切りになります。

保養により、特に子供は劇的に健康が改善します。
私たちは保養を支える仕組みを作っていかねばなりません。
本来国がやるべきことと思いますが、やってくれない以上市民レベルで進めていかないといけないと思います。
(渡辺智恵子さんも、小諸で保養を実施されています)

保養に来る子どもたちと話をすると、彼らは口には出さないけれど「見捨てられている」と感じています。

イタリアでも「小さき声のカノン」を上映して、保養への理解や支援を活性化する取り組みをしていただいています。
イタリアでは保養に来た子どもたちをものすごく愛してくれて、「あなたたちは大事な存在なのよ」と伝えてくれています。

福島では震災関連死、つまり自殺が増えています。子どもたちの事も心配です。

ドイツのドルトムントでは、ドイツ市民から寄付を集め、福島の子どもたちを沖縄に保養に出す支援をしていて、これまでに延べ1000人の子どもたちが沖縄で保養できています。

今後、私は

①子どもたちの被ばく防護をする

②原発を再稼働させない

③を封じ込める

ということしかないと思っています。

(放射性廃棄物の処理の問題、廃炉の問題など未解決のことはたくさんありますが)、脱原発にむけてこれからも伝え続けていきます。

—————–

(講話後)

鎌仲さんは、膨大な情報をどうやって処理しているのか、という質問に対し

・まず受け取った情報に対して「保留」という態度をとること

・それにまつわる情報を集めて比較していくこと

・最後は自分の責任で、どれを取るかを決めること

これを重ねていくことでしか、正しい情報を集める方法はない、と言われました。

鵜呑みにしない、自分ごのみの情報であっても一旦「保留にする」ということの大事さを学びました。

「保養」ということが何故大事か、そしてその重要性が伝わっていないことを痛感し、集まった皆さんは自分にできること、を考え始めるスタートになったと思います。

(ドキュメンタリー映画監督・多摩美術大学非常勤講師)

レポート 会員 福田恵美