高橋亜美さんは、7年前にここ杉並区西倫理法人会で講話をされたことがあるそうです。
その時の倫理の学びが支えとなっていると冒頭におっしゃっていました。
その後の7年間で子どもたちと接して、今感じておられることをお話いただきました。

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ゆずりはは、児童養護施設や里親等から巣立った子どもたちを支援しています。
いま、施設で育つ子どもたちの多くが児童虐待や貧困などが理由で入所しています。

自立援助ホームにいる子どもたちは、20歳で退所しなくてはなりません。
(最近の児童福祉法改正で22歳まで延長できるようになりました)
その後住み込みや自活をしていくのですが、必ずしも順調に生きていけるかというと、とても難しいのが現状です。

家賃を払えずホームレスになる子供、ブラック企業で働かざるをえない子供、望まない仕事、あるいは望まない妊娠をしてやむなく出産をしたケースもありました。
借金を重ね、自殺した子もいますし、刑務所で服役している子もいます。

後ろ盾になる人もなく、支援もなく一人で生きていくのは、相当にしんどい。
ホームを出た後も「助けて」の声をあげられる場がどうしても必要だと思うにいたり、「アフターケア相談所ゆずりは」を開所しました。

今日私がどうしても伝えたいことの一つは、
苦しい時代を生きぬいてきた子どもたちの苦しみや、悲しみ、憎しみの代弁、ということです。
その声をここで共有させていただくことで、私達大人一人ひとりに、何が出来るかを考えていただければと思います。
社会を生きる、そうした子どもたちへの眼差しを、持っていただければ幸いです。

スライドを使ってお話をしますと、

(1)現在日本全体の人口に占める子供の割合は12.7%
出生率は1.43です

(2)子供の貧困率は 1/6で、323万人が貧困です
シングルマザーの1/2が貧困で
母子家庭181万の平均月収が15万円です

(3)進学は親の経済状況に左右されます。
親の収入によって大学に行ける子どもとそうでない子供の、進路が決まってしまっています。

(4)児童虐待は8.8万/年間で、これは1990年からの24年間で80倍になっています
保護された子どもたちは5万人、児童養護施設に74%が入りますが、6割が虐待児童と言われています。
私の実感では100%です。

(5)子供時代の苦しみ、悲しみ、傷について
A君を例にお話します。
Aくんは私が自立援助ホームで働いていた頃に出会った子で、母子家庭の子供でした。お母さんには身寄りがなく、A君と生きていくために掛け持ちで仕事をしていました。
でもA君が歳の時にお母さんは突然蒸発してしまい、A君は保護されてやってきました。

「なぜお母さんは僕を捨てたんだろう?僕は生まれてこなければよかったんだろうか」

お母さんへの憎しみ、悲しみから、A君は周りじゅうに暴力を撒き散らし、16歳では傷害事件をお越し少年院に収監されます。
出所後は戻るところもなく、また自立援助ホームに戻ってきました。
私が宿直でいると、かならずやってきて、あらゆる悪態をついていくのですが、最後必ずお母さんの話になるのです。

「うそつき
親や先生や友達はみんなぼくをうそつきだという。
5歳の時、お父さんとお母さんと飛行機でアメリカに行った。
そのことを友達に話したら、またうそつきといわれた。

僕はびっくりしてお母さんに、ねえねえお父さんとお母さんと三人でアメリカに行ったよね、と言ったら、お母さんはアメリカ?行くわけ無いだろう、だいたいお父さんはお前がお腹にいる時に出て行ったんだから、お前はお父さんの顔を見たことがないんだ、といわれた。
アメリカに行った話は僕の幻想だったんだ。

お母さんはいつも怒っていた。
僕はよく叩かれ、一晩中ベランダに出されることも毎日だった。
ここと地獄とどちらがいいか、地獄のほうがきっとマシだと思った。

でも、腫れた顔をして学校に行って、みんなに心配されても、お母さんのせいだとはいえなかった。
先生にも言えなかった。
先生には気づいて欲しかったのに、気づいてくれなかった。

助けて、と、僕はどうしても言えなかった。
先生はお前は嘘ばかり付いているという。
ウソを付くなという。
でも先生は、なぜうそをつくのか、気づいてくれなかった」

虐待を受ける子どもたちは、嘘をつきがちで、他者に攻撃的になり、心を閉ざします。
問題行動をおこし、問題児とひとくくりにされます。

でもそれは、子供が大人の社会に抱え込まされた困難や問題のためであって、助けてという声にならない声を、誰もキャッチしなかったから。
そのことへの怒りやあきらめが、子供を問題行動に駆り立てるのです。

人が生きるために一番大切なものを奪われています。
それは「自分を大切に想う気持ち」です。
アタリマエのことなのだけれど、自分を大切に思えなければ、他者を大切に想うことなどできません。
殴られて当然、死んだほうがマシ、という状況だったとしても
もう一度生きたい、幸せになりたい、と思ってもらうには、「寄り添い続けてくれる大人の存在」がどうしても必要です。

靴下の話をします。
実習中に出会った少女のことです。
彼女はお父さんが出稼ぎで不在がちで、兄と二人でした。
お父さんは出稼ぎに行く時にお金を少し置いていくけれど、幼い兄弟二人では満足に食事もできず、彼女は小学校に行くと給食が食べられるから、一日も休まなかったといいます。
兄は彼女に日々暴力的に接し、兄やその友達から暴力を振るわれることがたびたびでした。

ある日たくさんの大人がやってきて、彼女は施設に入所します。
施設に入所して一番嬉しかったことはなに?と聞いたことがあって、その時に、安心して三食食べられることや、お風呂に入れることなどが上がるのかと思っていました。
でも、即答で「靴下、靴下が超嬉しかった」といわれて、最初ピンときませんでした。
施設に入った時、職員が、かさかさになったかかとにクリームを塗ってくれて、足すごく冷たくなってるねと靴下を履かせてもらったのだそうです。

私達が当たり前にしていること、靴下を履き、ありがとうをいい、頂きますという。
そんなアタリマエのことは、実は大人がケアしてくれたからできるようになったことだったんですね。
彼女は、初めて大人が自分のことをケアしてくれた、それが靴下だったんです。

「お兄ちゃん、お兄ちゃんも靴下履かせてもらいましたか?」と彼女は言っていました。

虐待を受けた子供は、暴力を受けただけではなく、本来育まれるべきものが育まれていない存在です。
本当に信頼できる大人がそばにいて、安心して行きていける場が必要なのです。
そして、大人が健やかではいと、子供の健やかさは保たれません。

子供はかけがえのない存在で、社会の一員です。
「大切な、社会の子どもたち」という意識を持つこと、うちの子もよその子も、みんな「私達の大事な子どもたち」と感じることが必要です。

ゆずりはを出て、自立している子供の中に、生活保護を受けざるをえない子もいます。
生活保護で生きてはいけても、それでいいという子供はいません。
みんな「働きたい」と思っている。
倫理にも「働きは最上の喜び」という項目がありますが、働く場を自分たちでも作ろうと、ゆずりは工房を立ち上げジャム作りなどを始めました。

今日話を聞いてくださって、そんな子どもたちのことを知ってくださったこと、また、少しでも何か支援をしてくだされば、本当に幸いです。

ありがとうございました。

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児童憲章 (1951年5月5日)

児童は人として尊ばれる

児童は社会の一員として重んぜられる

児童はよい環境のなかで育てられる

 

(ゆずりは 所長)

レポート:幹事 福田恵美