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*ニホンジカの生態研究を長く続け、シカと植物群落の関係を解明してこられた高槻先生の講話でした。
「シカ問題」というものが存在するということを知らない人が多く、みなびっくり。
「そんなことになっていたのか」が率直な感想だったのではないかと思います。
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わたしは小さいころから生き物が好きで、そのまま研究者になりましたが、研究者になってからは地球上で人と動物がいい関係でないといけないと思うようになりました。
紹介してくださった渡邊智恵子さんはオーガニックコットンに携わっておられますが、今の世の中にはペラペラのプラスチック的なもの、ファストフード的なものがが蔓延しています。
売り手側の事情と消費者の事しか考えておらず、生産者がないがしろにされていると感じます。
シカを長く研究対象にしてきましたが、最近はシカは被害を出す悪者にされています。
日本人は伝統的に命を大事にして来たのに、鹿害に対してはシカを殺している。
本来は相反することです。そういうこともふくめ、シカの問題をお話しします。

10代から40代まで東北大で研究をし、金華山という10平方キロの小さな島に通ってきました。
ここには500頭もシカがいます。
神様の島として動植物の殺生は禁じられ、自然保護ではなく、畏れ多いということで守られてきました。

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*そういって金華山の植生の写真をいくつか続けて見せてくださいました。
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■ブナの林の写真

すっきりきれいな林ですね。
日本列島は夏は高温多湿なため、普通林の中では藪が生い茂ります。
でもここには大木しかなくて、後継ぎの若い木がありません。じつはこれはとても異様な光景なのです。
下の方を覆っているのはハナヒリノキという有毒植物で、シカはこれを食べません。
ここには本来スズダケが生えていたはずなのですが、すっかり食べ尽くされて、シカの食べないハナヒリノキだけが残っている、特異な光景なのです。

■モンゴルの風景

この、芝生の中にもこもこした植物の塊が点在する風景は、金華山とよく似ています。
モンゴルのもこもこはイラクサというとげとげの木で、ヤギやヒツジが、これだけは食べないので残っているわけです。
金華山のもこもこはメギで、シカが食べないので、シバを食べては芝刈りをしながら、食べられないメギの塊だけが残っている、という風景です。
植物は違いますがモンゴルでも金華山でも同じことが起きていることが読み取れます。
以上、誰でも目にする景色でも、その意味の読み取りができるかできないかは人によって大きく違うということを話しました。

■いくつかのデータから読み取れること

1990年代後半からシカが爆発的に増えていることがわかります。
日本列島におけるシカの分布をみると、1978年に対し2003年は40%くらい増えていますが、更にそれ以降の10年で増え続けています。

■林の中のシカに食べられたササの写真

これは奥多摩の写真ですが、東京にもシカがいて、問題になっています。
ササが食い尽くされています。ササは地下茎が発達して土砂を土止めしていたのが、枯れることによって土砂を食い止める力が失われていっています。

■枝がぽきんと折れた写真

冬の枝に冬芽がついています。この中にはみずみずしい部分がありシカはそれを食べたい。でも届かないので、こうして枝をぽきんと折ってから、冬芽を食べるのです。

■ムラサキシキブの写真

普通ムラサキシキブは高さ2-3mになりますが、これは30センチくらいしかない。
これは、シカが何度も繰り返し食べて盆栽化しています。

■奥日光の、樹皮のはげた大木の写真

雪が1mも積もるとシカは低地に下りてきて、密度が高くなり、植物を食べ尽くすがので、こんな大木の樹皮をくるりと食べ尽くすのです。
木は樹皮を剥がれた部分は物質が上下できなくなり、外周くるりと食べられると、枯れてしまいます。
こうして森や林の木々が枯れていきます。

■長野県川上村のマルバダケブキ

これもシカは食べないので残っていますが、本来周りにもさまざまな植物があったはずですが、シカに食べられた異様な風景です。

■日本列島で、シカの多い少ないを植物学者が調査した図

日本の学問では、伝統的に植物学と動物学が分かれているため、植物学者はシカに関心をもちませんでした。
しかし最近、植物学者たちが、自分の調査地の植物が変化したため、アンケートをしました。こういう記録はとても貴重です。
というのは、この2010年の時点でシカが「いなかった地点」が確認されたので、その後の調査との比較が明らかになるからです。

■獣の種類による農業被害比較図

これを見ると最近ではシカがももっとも被害を出す動物になっていることがわかります。
(日本では伝統的に農業の敵はシカとイノシシでした)

■シレトコスミレの写真

シカは固有種であるシレトコスミレも食べて、今や絶滅の危機に追いやっています。
シカは農林業に被害をおよぼすだけでなく、自然植生にも強い影響を与える唯一の動物です。

■シカとカモシカの比較

(1)シカは食べ物の範囲が広く、枯葉でも若芽でもなんでも食べる
ササは消化率が悪いがそれもどんどん食べる。
(2)10年あまり生きるが、1歳半から妊娠し、ほぼ死ぬまで子を産み続ける。
繁殖力が大変強い。
(3)シカは群れる

(1)~(3)によって、シカは植生に対して大きな影響を与えます。
シカが多い場所ではクリンソウ、ハンゴウソウ、マツカゼソウ、ナギナタコウジュ、アセビなど、毒や匂いなどにより化学的に、またトゲにより物理的に防衛をする植物だけが残るということが往々にして起こる。
「シカは森を食べる」のですが、それ以外にも思いがけない事態を引き起こしています。

■尾瀬湿原を壊す

予想もしていないことも起きつつあります。湿原の中の地下茎を掘って食べるため水路を決壊させ、湿原の植生を変えつつあります。

■南アルプスの3000mの高度のところでも

以前はシナノキンバイなど美しい花を咲かせていたのが、今はシカの嫌いなヨモギばかりが残っています。
キツネの糞を調べると、シカの毛が沢山出てきたので、シカがここでも生活し、死体も出ることがわかります。

■奥多摩

東京都のシカについては行政の中で水道局が一番心配してくれました。
水問題への影響が懸念されるからです。
シカ害により土砂崩れを引き起こす確率が高まっていて、補修工事をしても追いつかない。
災害対策がより必要になっています。

■シカの影響の波及効果
シカが植物に影響を与えるのは当然ですが、それにとどまりません。
シカがいれば糞をするので糞虫が増えますし、死体を食べるシデムシ類も増えます。
一方、植物群落を生活空間として利用しているオサムシなどは植物がなくなると環境が激変するようになるため、減少します。
また森林にすむ鳥は減りますが、草原性の鳥は増えます。また花(虫媒花)が減るのでハチやチョウが減ります。
食草をシカに食べられたために日光で絶滅したチョウもいます。
このようにシカの影響は植物を介して動物にも波及することがわかってきました。

■なぜこんなにシカが増えたのか。20年前から急に爆発的に増加しはじめ、問題が顕在化していています

―温暖化の影響で雪の少ない冬が多くなり、雪によって小ジカの冬の生存率が高まった。
森林を伐採してシカの食物が増えた、など、いくつかの説がありますが、私は
・1990年代から限界集落という言葉が出来たことに庄町されるように、山村人口が減り、老人ばかりになったことで、手入れのされない畑や土地が増えた
(地方都市も危ない、孤独市や廃屋の問題がこれからどんどん大きくなる)
・減反や耕作放棄地がふえたことで、手入れのされた土地が放棄され、雑草や木が生えている。
シカにとっては栄養価のある食べ物の供給源が増えるという事であり、食べ物が増えてシカもふえたと考えます。

東日本大震災後の福島に入った時、立ち入り禁止区域の光景に驚きました。
放棄された田んぼに雑草だけでなく、ヤナギなどの木々が生え、イノシシが走るのを見ました。
実は日本で自然と言われているものは、多くが人間が手をかけて手入れをし、管理をしてきたものです。
それが放棄されると、あっという間に自然に戻って行くのだということを実見しました。
「フクシマ」の現実は、日本の農山村の今後を先取りしていると思います。

昔は6割もいた農業者がいまでは5%を切り、急激に減っています。
それが耕作放棄地を生み、減反と相まっていっている。ますます加速しています。
農山村から人がいなくなっていくことを解決しないと大変なことになる、「日本の農山村問題=シカ問題」なのです。
まずはシカ問題が存在することを多くの人に知ってもらうことが大事だと思い、私自身はこれからも著作等で啓発していこうと思います。

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Processed with MOLDIV*セミナーを終えて
出席者のほとんどが「シカ問題があったなんて。知らなかった」と感想を述べていました。
知らないだけで、実は大変なことになりつつあるのだと。
先生に「何をしたらいいですか」とお聞きすると「まずは知ろうとすること」。
知れば誰かに伝えたくなる、レストランに鹿肉があれば食べようと思う、森を守ることをアタマの隅っこで意識するようになる。
小さなことがやがておおきな波につながるのでしょう。
個人的には、先生が「都会の人は」と何度か言われたことが気になり、確かに「都会にいて、里山とまったく接点がない」ことを改めて自覚。
里山と都会はもっと親しくつながった方がいい、どこかの里山と親しくなりたいなと考えるようになりました。
人は自然がないと生きられない、こんな文明化された生活は対何十年かのことでしかないのに、今の都会の暮らしがすべてだと錯覚してしまっている。
不自由や不便も含め、自然や里山の暮らしに触れる、体験することが、何かの一歩になるのではないか、と思います。

 

(麻布大学いのちの博物館)

レポート:幹事 福田恵美