思いだけで即行動

今回の講話は渋谷区倫理法人会の幹事である木村弥生さんです。
木村さんは大阪のご出身で、ご結婚されるまで大阪で働いていました。当時木村さんは一生結婚しないだろうと考えて一人での人生設計をしていたそうですが、ある時降って湧いた結婚話からご主人とともに上京しました。37歳の時でした。
結婚後はそれまでと変わって「誰かをサポートする人生」も良いだろうと考え、専業主婦としてご主人を支えることにしました。ところが、それまで一人でバリバリ仕事をこなしてきた木村さんが専業主婦でいられたのはわずか一週間でした。
その後はすぐに起業の準備に取り掛かり、41歳で現在のヤングナイト株式会社を設立しました。遺影写真の加工の仕事で、単なる遺影写真ではなく生前好きだったことや関わりのあったことにちなんだ「絵」にして葬儀の場所に飾るという仕事です。

2013年9月、2020年のオリンピックが東京で開催されることが決定しました。多くの人が開催決定の瞬間をテレビで見て日本国中が沸き返りました。木村さんもそのうちの一人でしたが、同じ日の晩に放送されたニュース番組で衝撃を受けました。そこで紹介されたのは、東北大震災から2年半たった今でも27万人もの人が仮設住宅での生活を余儀なくされているというものでした。そのニュースで伝えていたのは、オリンピック開催によって今後の東北の支援が不安だというものでした。

木村さんは大阪出身で神戸の震災を経験されていますが、被害の大きさに違いがあったので2年半も経過してなお27万もの人が仮設住宅で生活しているという現実に驚きました。同時にその中の子供たちのことが心配になりました。木村さんは結婚後に子供が出来にくいことから子供のいない人生を覚悟しましたが、子育てが女性にとっての立派な社会貢献であるという考えを持っていました。このニュースを見た時、とにかく不便で衛生的にも良くない状況から一刻も早く子供たちを救いたいと考え、考えた途端に居ても立ってもいられなくなり行動していました。

子供たちを元気にさせるには何が必要かを考えた時、すぐにそれは「お母さんたちを笑顔にすること」だと思いました。お母さんたちを笑顔にするためには不安を取り除かなければならない。では何が不安かと考えた時、それは安定した収入であり仕事でした。そこで生まれたのが「いっしー」という馬の縫いぐるみです。
木村さんは言います「当時あったのは思いだけで、それ以外は何もない」。プロダクトデザインの経験も無ければ、そもそも裁縫すらできない、資金もない。あるのはお母さんと子供たちを笑顔にさせたいという思いと復興のシンボルとしての可愛い馬のイメージだけでした。ニュースを見て思いたち、翌年の2月には被災地の一つである石巻に向かいました。
ただ、支援として仕事を提供するわけですから、工賃は時給1,000円を払うことは決めていましたから、商品として売れるものを作り上げなければいけません。すぐやること、スピード感が大事だと考えてとにかくそれを3ヶ月ほどで作り上げ、なおかつ50個を先行販売し、その注文書を持って石巻に向かいました。

お母さんたちを笑顔に

現地ではいよいよこの「いっしー」を作ってくれる人を探さなければいけませんでしたが、予想に反してプロジェクトに対する反応はまったくありませんでした。なぜなら、この2年半の間に同様のプロジェクトがいくつも立ち上がってはうまくいかずに消えていったことで、地元住民に懐疑的な心境が蔓延していたからです。さらに、これまでは高くても1,000円ほどで販売するものを作るという中にあって木村さんは「いっしー」を5,000円で売ると言うのでさらに信じてもらえませんでした。

難航した作りてさん探しでしたが、先行販売した50個の注文書を見て「自分たちのために買ってくれた人がいるのだから、その分だけは責任を持って作る」と言ってくれた人が集まってくれました。木村さんは、見切り発車した中でこの先行販売はとても良かったし、試作の段階で自分の思いだけで買ってくれた方に感謝していました。

とにかく走り出した「いっしープロジェクト」でしたが、それでもその後スムーズに行ったわけではなく、やはり地元住民の方と大阪生まれの人のコミュニケーションは楽では無かったと木村さんは振り返ります。地元の方に自分の本気を伝えるため、そして自分自身を追い込むためにも有名雑誌にまだ途中段階にあったプロジェクトを取り上げてもらうこともしたそうです。でもこれによって木村さんの思いが地元の方たちに伝わり「いっしー」が出来上がりました。

今では収入源としての内職仕事であると理解してもらい、地元の方が生活が少しでも良くするために働いてもらえるようになりました。月に一度は家族で外食ができるようになった、子供の学資保険のために、あるいは生活費のために月に10万円稼ぎたいという人もいます。そのようなお母さんが今25人もいるということですが、木村さんが何より嬉しかったのがそのお母さんたちの子供が43人もいるということでした。子供のいない木村さんが被災地の子供たちに笑顔を届けたいと考えて始めたプロジェクトだったので、少しでも子供たちに笑顔になってもらえたことが実感できたからです。

経験と学びから新しいステージへ

木村さんは「いっしー」を通じて、それまでにはなかった人との繋がりを得ることができるようになったと言います。その一つが倫理法人会であり、木村さんは昨年1月に渋谷区倫理法人会のモーニングセミナーに講話者として招かれました。倫理に対して初めは及び腰だった木村さんですが、同じ社会貢献活動をしている尊敬する会員の方が学んでいる姿を見て自分が学ばない訳はないと思い入会しました。
木村さんは倫理で毎週色んな方の講話を聴くことで大きく3つのことを学んだそうです。一つは相手の考えていることを受け入れた上で考えることができるようになったことで、それまでは自分の考えだけで一方的に進んできたところからワンクッションおいて考えられるようになりました。また、これまではある一つの考えだけで行動していましたが、倫理を学んでからは色んな考え方ができるようになり、その中から選択をしていけるようにもなりました。そして3つ目が感謝の気持ちを持てるようになったことでした。自分の両親に対する感謝を学んだ時には涙したそうです。「いっしー」に関しても、それまではどうしても仕事を提供しているという思いから感謝の気持ちを持てず、それによって衝突することもありました。でも倫理で「本につながる」という感謝の気持ちをもつことを学ぶことで、作り手さんがいるからこそ自分の「いっしー」はできているという考えになり、作り手さんに感謝できるようになったそうです。

木村さんはスタートから4年間で「いっしー」を7,500個販売し約1,500万円の賃金を支払いました。ただし、これまでは「被災者が作ったもの」として売ってきたから売れたということはあるので、これからは誰が作ったということではなく一つの商品として売れていくものにしていかないといけないと木村さんは言います。このプロジェクトによって作り手の25人は全員仮設住宅を出ることができました。でも今は安いとはいえ家賃の発生する住宅に移ったことで、これからがより重要になってきます。木村さんはこのプロジェクトを通して地元の人の手に職を持つことができるようにしたので、これからは東北の内職集団として自立していけるよう色んな仕事にチャレンジしています。
木村さんは倫理で「朝起き」を始めとする「習慣化」も学んだと言います。倫理で柔軟な思考と習慣化という素直で前向きな行動力を身につけた木村さんは「いっしープロジェクト」をこれからも発展させ、東北の子供たちの笑顔をさらに増やしていかれることと思いました。

木村弥生講師、ありがとうございました。

文責:事務長 寺内不二郎

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