相手のことを尊重する

米田講師は平成6年38歳の時に同業者の方からの勧めで千代田区倫理法人会に入会しました。
朝が強かった米田講師は熱心にモーニングセミナーに参加して、すぐに専任幹事の役も受けられ、歴代6人の会長の下で役目を果たされました。当時の個性的な会長、歳の離れた色々なタイプの「大人」と付き合うことで、大変ではありましたが、その後の人付き合いの学びになったと米田講師は言います。

米田講師が24歳の時に先代である父親が51歳という若さで急逝されました。とても厳しい方だったので、当時米田講師はホッとしたというのが正直な気持ちだったそうです。
当時すでに現在の会社に入っていましたが、その関係性は築かれないままにいました。米田講師にとって父親は、緊張のあまり一緒に食事もできないほど。自ら志願して旧日本海軍に入ったという方だけに、大きな声と素早い行動、それら全てが米田講師にとっては威圧として感じていたのです。
父親からすれば4人兄弟の長男である米田講師への期待は当然大きく、言動や態度はその現れであったのですが、当時の米田講師には理解できませんでした。
ただ、その父親が亡くなって初めてそのありがたみ、特に大人しく環境変化に対応するのが苦手だった自分に自立を促してくれていたことに気づきました。
米田講師は自分年表というのを作成され、自分の人生に大きな影響を与えてくれた人との出会いを確かめ、その10人の人達を「10傑」として紹介してくれましたが、厳しくも自立してその後のたくさんの人との出会いを促してくれた父親をその一番目に挙げられていました。

米田講師は20年以上前に、たまたま訪れた吉川英治記念館で、吉川氏が文化勲章を受賞された際にしたためた「我以外皆我師」という書に出会い、感銘を受けました。
万人幸福の栞の第四条「万象我師」に通じるもので、自分の周りにいる人はすべて何かしらを教えてくれる先生であるという意味ですが、理解してもなかなかできていない人が多いと米田講師は言います。
同じような意味で「反面教師」という言葉がありますが、多くの人が良くない行為をする人に対して「ああはなりたくない」と悪い見本のように捉えて使っていますが、それでは相手を先生と捉えるどころか「上から目線」で見ていることになる。それはとても勿体無いことだと言うことです。
自分の中にそれと同じような感情や行為をしてしまっていないだろうか、もしそうなら良くない行為をしている相手は普段気がついていない自分のことを教えてくれている、反省を促してくれていると「前向きに」捉えることが大事だということでした。
同時に、「我以外皆我師」というのは「相手の立場を尊重する」ということでもあると米田講師は言います。
経営者で一番の苦労というのは「経営理念の浸透」であり、苦労して作り上げた我が社の経営理念を社員さんに伝え理解してもらうこと。
なかなか伝わらない中で「何でわかってくれないのか」と怒ることはたやすいですが、それは相手を責めているだけに過ぎない。
なぜわかってもらえないのか、自分の伝え方が悪いのか、相手のことを考えて相手に合わせた伝え方を工夫すれば良いわけです。自分の伝え方ややり方について相手は教えてくれている。「伝えたい」という一方的な考え方ではなく、相手は自分に何を教えようとしてくれているのか、と相手のことを考えることが求められているということでした。

より良い生き方を実践し広めていく

このことから、米田講師は倫理の中で教えている「明朗」について「前向きな生き方の実現」ということで教えてくれました。
過去のトラウマや後悔を引きずっていると常にフィルターがかかってしまいうまくいかない。そうならないためには、その過去のトラウマや後悔を思い出や経験と捉えて「受け入れる」ことが必要だということです。
同時に、後悔やトラウマを引きずっている人はどうしても未来に対しても不安や心配を抱きがちで、そのために自分さえ良ければ良いという利己的な生き方になってしまう。こうなると夢を持ってもみんなのため周りのためという大きな夢ではなく、あくまで自分だけの夢という狭小なものになってしまう。
つまり、気持ちを切り替えることができれば思いが自分だけではなく周りの人や社会に向けられるようになり、人のため社会のためになることが自分のためになるという大きな広がりを持てるようになるということでした。
先程の話と同様に、自分の中にあるトラウや後悔というのは自分が勝手にそのように捉えているだけで、それに関わった人や物事はそのような思いをさせようとしたわけではない。
米田講師が子供の頃に父親から厳しくされたことも、受け入れられない間はトラウマとなって後味の悪さだけが残っていましたが、父親の死後に自分に対する気持ちを理解した時にそれを思い出として受け入れることができ、前向きに新しい生き方ができるようになりました。

米田講師はこれまでの自らの体験や学びを、立場的にこれからは若い世代につたえていかなければならないという思いから、わかりやすい形で紹介もしています。
一つには倫理の中で重視されている「苦難」と「気づき」について、松下幸之助の「生成発展」という考え方と吉川英治の目に見えない祖先とのつながりの考え方と合わせて教えてくれました。
どれだけ調子が良くても苦難という壁にぶつかり、下降していくがあるところで気づきを得て「すぐやる」ことで、また上昇していくことができる。
人生はこの波が続くわけですが、俯瞰してみると全体的には右肩に上昇をしている、つまり気づきを得てその都度変わることができれば人生は必ず上昇傾向で進んでいくというもの。
ここで重要になってくるのは気づきを得ることと「気づいたらすぐやる」ことですが、例え中々気づきを得られなかったとしても「声をあげて呼べば必ず応えてくれる」と、答えを求め続けていると目に見えない祖先が気づきを与えてくれると吉川英治は伝えています。

また、一方で若い人に伝えるために、若い人の中で知られているエピソードなどを知ることで伝えやすくなるということもあげられました。
「若い時の苦労は買ってでもせよ」という諺を今の若い人に言っても「どこで買えるのか」と問われるほど、先人からの教えなどが知られていないのが現実ですが、米田講師はある時若い人から「それは”ドラえもん”の”くろうみそ”の話ですか」と言われ、若い人なりの知識を得る方法があることを知りました。
このことから米田講師は、若い人にわかりやすく伝えるだけでなく、若い人に伝わりやすい方法を若い人から学ぶことも必要だと言います。
伝える側であっても「我以外皆我師」の基に、常に相手側に立って自分がどうするべきかを考えて行動することの大切さを米田講師から教えてもらいました。