美しい森と海と明日を作る

今回お話をお聴きするのは公益社団法人MORIUMIUSの理事である油井元太郎さんです。
MORIUMIUSとは石巻の雄勝町に作られた子供向けの体験施設です。雄勝町はリアス式海岸の山と海が近接した美しい景色の中にあるところ。でも、東北大震災の時には津波によってその8割が壊滅的な被害を受けました。

油井さんは、そんな雄勝町のその美しい森と海を生かして町の未来を作っていくための取り組みをされています。その取組みのユニークなところが、町の自然を利用して子ども達に様々な体験をさせること、それを地元の方と油井さんたち外部から来た人たちで作っていこうとされているところです。
MORIUMIUSの名称には「森」「海」と「明日」を「私達(US)」で作っていくという思いが込められています。

ニューヨークから日本の地方へ

油井さんのお父さんはアメリカ現代史を研究されていたことから、油井さんは小学生の頃からアメリカに移住して日本に戻ってきた「帰国子女」です。
中学、高校は日本に戻りましたが、大学に進学する時には再度アメリカに留学をして音響工学を学び、その後もニューヨークでスタジオエンジニアの仕事をしていました。
2004年にはメキシコにあった「キッザニア」を日本に輸入しようとしていた方と知り合って、日本に帰国後2006年に会社を立ち上げました。そこで、どの仕事をどの企業と一緒になって子ども達に提供するのかという企画開発の仕事を始めました。
2011年の東北大震災からはボランティアをしながら、現在の活動に至っているということでした。

MORIUMIUSの活動の目的をわかりやすく説明してもらいました。
最近自然災害が頻発していることから考えても、我々がいる惑星自体が変化していることは明らかですが、これからの50年先、100年先を生きる子ども達はその中で生きていかなければいけません。
でも、比較的自然が多いと思われるここ杉並であっても、窓から見えるのはマンションなどのコンクリートばかり。そんな都市部で生活している子ども達に「自然の中で生きる」という感覚、動物として「生を肌で感じる」ということを小さい頃から体験・学習することの必要性から、雄勝町という自然豊かなところで実現させるというのが第一の目的です。

地域のサステナブルの中心に

MORIUMIUSを立ち上げて3年が経過しましたが、その間に子ども達をはじめとする多くの人が雄勝町を訪れました。この地方の地域と交流する「交流人口」の増加というのも目的の一つです。
それは、日本国内だけに留まらず、海外の学生たちも長期休暇を利用して訪れたり、インバウンドも増えています。
さらに、被災地の多くは震災直後はボランティアの人が多く来ていましたが、今はほとんど来なくなってしまい、復興もままならない高齢者の多い寂しい町になっていくという問題を抱えています。それを解決させるために、若い人たちとの交流の「場」をつくり、やりがいや生きがい、そして雇用機会の創出をしていくことも目的です。

その上で、「地域経済への貢献」というのが4つ目のとても重要な目的です。復興して自立していくためには国からの補助金に頼らずに経済が回っていくことが必要ですが、そのためにも地域の方々に施設運営に関わってもらうことで利益を還元して経済を回していこうとしています。
MORIUMIUSが地域のサステナブルの中心となり、また関わった子ども達もサステナブルとはどういうものなのかを理解していってもらいたいと考えています。

9.11の体験が3.11で行動となって現れる

雄勝町は石巻の半島の先にあるところですが、公共交通機関が無いという言わば「陸の孤島」のようなところです。その分、自然環境が守られている場所です。
震災前は4300人ほどが住まわれていて、ガソリンスタンドやコンビニがありましたが、津波によってそれらがなくなり、現在はそこに人の営みがあったことをうかがい知ることができません。
その後の復興計画で、新たに高台を造成し、そこに3000人の住民を移す予定でしたが、現在建っている家は40戸ほどしかありません。震災直後に大半の人が石巻市内に避難し、仮設住宅で生活を始めましたが、戻るにはあまりにも時間がかかり過ぎ、ほとんどの人がそのまま石巻市内に移ってしまいました。
さらに、自然の景色が一変する高さの「防潮堤」が作られることも行政側で決定されており、これから訪れる方は昔の土地の面影すら見ることができなくなるということでした。

油井さんはニューヨークで生活していた時に「9.11」のテロを経験されています。その経験があったからこそ、東北大震災が起こった時は何の縁もなかった東北地域へ自然と足が向き、ボランティアとして何度も行き来したそうです。
子供の頃はアメリカに感化されていましたが、年を重ね、大きな出来事に直面するようになるに連れて日本、それも地方へ意識が向くようになってきていると油井さんは言います。

ボランティアのきっかけは、東京で一緒に仕事をしていた友人が仙台の出身で、実家が被災したということがあり、1週間後には現地で炊き出しのボランティアを始めました。
震災当時、東京では自粛ムードが広がっており、知り合いのお店でも開店しても誰も来なくて商品が売れ残るという事態になっていました。油井さんはそれを被災地に持っていって、誕生日を迎えた子ども達に東京から持ってきたケーキをプレゼントして祝ってあげたそうです。

将来ある子ども達の支援を中心に

このようにして、毎週末東北の町を回ってボランティアをしている中でたどり着いたのが雄勝町でした。ただ、ここが他と違ったのは、学校を再開するにあたって、子ども達に給食を出してもらえないかという依頼でした。
仙台でお弁当を作って給食としても出すということを始めたところ、受験を控えた子ども達に勉強を教えて欲しいという依頼を受け、今度は学習塾と連携して週3日で受験生を集めて勉強を教えるということも始めました。
この頃から、被災地における支援のフェーズが物資から将来ある子ども達への教育支援などに変わっていき、それに対する寄付も集まるようになりました。

油井さんは雄勝町にあった空き家を購入して移り住み、そこで「寺子屋」のような取り組みを始めました。子ども達は皆石巻市内へ避難したため、地元の雄勝町に帰る機会が無いということもあったので、週末には地元に戻って改めて地元を知るという機会を作りました。港もあって漁師さんがいる町であっても案外船に乗って漁をした経験のない子供が多く、地元とふれあい地元の良さを確認できる体験学習の場でした。
ここで油井さんは、この時の空き家の購入費用が当時倫理法人会で集められた基金の分配金であったことを紹介され、その頃から油井さんたちと縁があったことを感慨深く語られました。

古くて新しい学校の建設

この取り組みを始めたのが2012年、その頃からさらに雄勝町のことを知ることになった油井さんたちは、現在のMORIUMIUSになる「廃校」に出会います。
初めてこの廃校を訪れた油井さんは、背後に迫る山と眼の前に広がる海という自然が凝縮されたようなその景色に圧倒されました。それだけでなく、大正時代に建てられ94年になる木造校舎で、屋根には雄勝町が日本一の採掘量を誇る「硯石」で葺かれているという、建物として大変貴重なものだったのです。
少子化から2002年には廃校になってしまったのですが、すぐに卒業生が買い取って現在まで大事に管理されてきたというエピソードも油井さんの心に残りました。
その上、高台にあったことから震災の影響をほとんど受けずに残っていたという、雄勝町との不思議な縁を感じるものでした。同時に、この場所に子ども達が来ることでたくさんのことを感じられるのではないかと直感した油井さんは、2013年にキッザニアを離れMORIUMIUSに集中することに決めました。

大切にされてきたとは言え、古い校舎ですから新しく作り変える作業は並大抵のものではありませんでした。でも、週末ごとに地元の卒業生、94歳だという卒業生の方にも手伝ってもらい新しい”学校”づくりを進めていきました。
さらに、著名な建築家の隈研吾さんやその教え子の学生さん、また海外から来ていた方たちも加わり、多い時では一日に300人もの方が集まって新しい学校づくりに協力してくれました。その中には、集まった人たちのネットワークでさらに別の方、油井さんとまったく繋がりのなかった大学の学生さんたちがバスに乗って団体で応援に来るということもありました。2013年から2015年の間に延べ5000人ほどの方たちに集まってもらい、MORIUMIUSは完成しました。

生きる力を覚醒させ未来を作る

また、資金はクラウドファンディングを利用して集められましたが、油井さんは特にお金が集まったこと以上に寄付をしてくれた人たちとの繋がりが貴重なものであり、それ以後もその人たちに情報発信をするなどファンになってもらったことが大きかったと言います。
とは言え、その中でもカタールの国王が自費で作った80億円という巨額の基金から一部出して頂きとても助かりましたし、新たに大人のための宿泊施設も建設することができたそうです。

出来上がった施設はどこか懐かしい木造校舎をそのままに、新しく国産の家具やオーガニックのリネンなど自然に優しい、まさにサステナブルを感じることができる体験施設になっています。
MORIUMIUSは、そのサステナブルな環境を子ども達に体感させ、生きる力が身につくというよりも「覚醒する」施設であると油井さんは言います。ここにいることで内側から元々持っている感覚が開花していくきっかけが生まれていることを、子ども達を見ていて感じるということでした。

他のキャンプ場などと比較して特徴的なのは、やはり被災地で地元の方との交流があるということ。復興のための小さな取組みが今では大きな町の未来を託されるほどの事業になった例もあり、そういった逞しく生き抜いていく地元の方たちと触れ合い、震災を語り継ぐだけでなくその生き様を体感できるのがMORIUMIUSなのです。
さらに、海外からもたくさんの学生がやってくるので、地方と都市部の子ども達の交流だけでなく海外の人とも交流ができるという「多様性」もMORIUMIUSの一つの特色です。

最後に油井さんは、失われつつある戦前の「豊かなくらしの価値観」を大切に守り続け、この場所でそれが体現できることでそれぞれの家や地域に帰ってからでも引き継がれて当たり前のようになっていく、というのがMORIUMIUSの最終的な目的だということでした。
地球環境が変化し、生活環境も変化していっている中で、これまでのものを未来の子ども達にどこまで残せるかは不透明。ただ、目の前にある資源を最大限有効活用することはできる。MORIUMIUSはそこにある自然資源や地元の方たち子ども達を引き合わせるコネクタであり、伝えていくのが役割であるということでした。