経営者の集い
テーマ「不悲不喜」
講話:猫田岳治法人レクチャラー

仕事に卑を感じる

猫田講師は大学4年生の時に自動車事故を起こして1ヶ月ほど入院をしたそうですが、それがきっかけで就職先は車を使うところは止めておこうと決めて、内定をもらっていた会社を辞退してしまいました。その後、当て所無く就職先を探していたところ、街で自転車で営業に回っている銀行マンを見かけて「銀行マンなら車を使わなくても良さそうだ」と思い銀行を探します。しかし就職時期が遅れたことに加えてそれほど大学の成績が良くなったこともあり、銀行ではなく証券会社に勤めることにしました。

入社後配属されたのは群馬県高崎市。群馬県は人口あたりの自動車保有台数が日本一多いところ。公共交通機関が整備されていないことが一番の理由ですが、猫田講師にとっては何とも皮肉な結果になってしましました。でも、猫田講師も「車は使わない」と決めて入社した以上車での営業をせず、片道20kmの道のりを自転車で回ったそうです。
当時の証券会社は「中期国債ファンド」という証券会社のいわば普通預金ですが、銀行の定期預金並みの配当があるという戦略商品を売っていましたから、かなりのお客様を獲得していました。でも、証券会社のメインの収益はやはり株式の売買、いわゆる「手数料ビジネス」です。100万円の株式を買ってもらえたら1%の手数料が入り、株式が120万円に値上がりするとまた1%の手数料が入る。それを如何に早く手に入れるかだけを考えてお客様にあれこれと株式の提案をします。しかし、最初のうちは提案を評価してもらって買ってもらえますが、株式は良い時もあれば悪い時もあるため次第にお客様は勧めにスンナリと応じなくなってきます。そうなると、自分たちの販売計画が狂ってくるため、かなり強引に勧めることも厭わなくなってくる。

それでも猫田講師は次第に自分の仕事に疑問を持つようになりました。人の大事なお金を自分の都合で動かそうとするという仕事が果たして良いのかと考えるようになりました。そんな時にある一冊の本に出会いました。「粗にして野だが卑ではない」城山三郎の著作で、戦後五代目の国鉄総裁になった石田礼助の伝記です。三井物産に35年間在職し、華々しい業績をあげた後、78歳で財界人から初めて国鉄総裁に、それも誰もが敬遠した不遇のポストにあえて飛び込んだ、正に気骨有る明治男の生涯を描いた作品。猫田講師も証券会社の仕事をしている中で、企業とそれを応援しようとする一般の人を結ぶという証券会社の本来の大切な仕事からかけ離れたところにいる自分が本のタイトルにある「卑」を感じていることに気づきます。同時に自立神経失調症を患ってしまいました。

二度の転機がもたらしたもの

当時の株価最高値は38,915円、猫田講師が教えてくれた覚え方は「さばくへいこう」。それを境に株価は大暴落、バブル景気は崩壊しました。猫田講師はその頃にあるお客様から言われた言葉が胸に突き刺さったと言います。「あんたに出会わなかったらね」そのお客様は出会った時は株取引をしていませんでしたが、猫田講師に出会い当時の世の中の勢いにのって資産を失ってしまった。けれどもそのお客様は決して猫田講師を責めた訳ではありませんでした。それだけに心が傷んだそうです。

猫田講師はその後生命保険会社から誘いを受け、色々と考えた上転職することにしました。しかし、入社後すぐに会社から1枚の紙を渡され説明を聞いて驚きます。その用紙は名前を記入する欄がたくさんある用紙でしたが、そこにこれまでの知り合いの名前を全部書き出し、その人に保険を売ってこい、というのです。そこには小学校、中学校、高校からの同級生や知り合いを全部書くようになっていました。猫田講師はこのことがあるほんの少し前に同じような体験をしていたために言葉を失いました。それは、中学生の頃に好きだった女性から連絡があり呼び出されたことでした。好きだった女性から連絡があるなんて、思いがけない幸運に胸踊らせて指定された喫茶店に向かいました。そこで出されたのは「石鹸」、当時問題になったネットワークビジネスでした。猫田講師は当然落胆しました。だからこそ、転職した保険会社で自分が同じようなことをしないといけないのかと思って悩みました。

しかし猫田講師は考えました「証券会社の時のお客様に保険を売ろう」と。猫田講師は当時のお客様のところに足を運んで当時ご迷惑かけたことを謝りつつ、保険会社に変わったこと、そしてこの保険の仕事を一生の仕事にすることをお話しました。そして当然当時の損失補填はできないが、保険をかけたお客様が亡くなった後残された家族の方に損失したのと同じぐらいの費用をお支払いできるということを伝えました。そして現在までもそのお客様とお付き合いが続いているということでした。

その保険会社で順調に仕事ができていた時にまた新たな転機が訪れます。それは証券会社在籍時にいたライバルでもあった優秀な後輩がいましたが、その彼が独立をして大阪で新しいネット通販型の保険会社を立ち上げました。さらにその会社を上場させる計画だから手伝って欲しいという誘いでした。そう簡単に上場できるものではないことはわかっていましたが、証券会社当時に未上場の会社を上場させるという仕事をしていたことを知っていた猫田講師は、彼から熱心に計画についての話を聞き、一肌脱ぐ決意をし大阪へ単身赴任で向かうことになりました。
そこから3年間死に物狂いで働き、3年でナスダック市場に上場することができました。苦労が報われ喜んでいたのもつかの間、しばらくするとその社長と意見が合わなくなり、退職せざるを得なくなってしまいました。

見えないものを見る力

千葉に戻って心機一転、現在の会社をご自身で立ち上げた猫田講師でしたが、しばらくはその以前の会社のことが頭から離れずくすぶっていました。そんな時にお客様から誘って頂いてモーニングセミナーに初めて参加、倫理と出会いました。そこで猫田講師は倫理を学び、講話を聴いている内に自分の問題に気づきました。以前の会社でのトラブルについて猫田講師はすべて周りの人のせいにする「せい病」にかかっていたことを知りました。

ただ、気づきを得たきっかけがもう一つありました。それは家庭倫理の会で発行されている「新生」の中にある「3Dアート」のページでした。そのページは学びの間の「休憩」のためのもので、ちょっとしたゲームです。複雑な絵の中に別の絵が隠されていて、それをある決まった見方をすることで浮き上がってくる、というもの。猫田講師はそれを初めて見て、隠されていたものが見えた時一瞬驚きのあまり後ろに一歩後ずさったそうです。そしてその後、なぜこのようなものが倫理の学びの中にあるのだろうと考えました。例えお遊びであっても、そこから気づくものがあると考えた時に、確かに普段の自分はどこか物事を一つの方向からしか見ていない、見ようと思えば色んな方向から見ることができるし、そうすることで初めて見えてくるものもある。そう考えた時にこれまでの自分が色んな人から「恩」を受けてきたことに気づきました。トラブルになり分かれてしまったけれども、それまでにたくさんのことをしてもらってきたことに気づきました。それ以来倫理の学びが深まり、見えないものが見えてくるようになったそうです。

これまでの体験と証券会社時代に知った数字の考え方が倫理を通して結びつき、今回のテーマである「不悲不喜(悲しまず喜ばず)」という境地について伝えられるようになりました。
図のように最初100あったものが70に落ちた場合、その下げ率は30%ダウンですが、70を100に戻す時は約43%アップ(1.42倍)させなければいけません。さらに、100が50になった場合は2倍にしなければならない。つまり下げ幅が大きいほど戻すのが大変なので、下げ幅が小さい内に切り捨ててしまわないといけない。これはお金の話ではありますが、人の感情も同じことが言えるということを猫田講師は自分の経験と倫理の学びから気づきました。悲しみや怒りといったマイナスの感情が大きければ大きほどそれを元に戻すのは大変です。つまり何か不都合が起こったとしても他人のせいにしたりせず全てを受け入れて矛先を自分に向ける。そうすることで怒りや悲しむ前に冷静さを取り戻すことができる。「不悲不喜」の反対は「一喜一憂」です。これは感情の起伏が激しいことを指しますが、つまり何か良いことがあったとしても自分だけが特別だとはしゃぐのではなく、周りの人や道具、環境のお陰であると「恩」を感じ感謝すること。この「不悲不喜」には倫理の二大柱である「苦難観」と「恩の意識」の現れだということです。
猫田講師はこの倫理の教えに出会えたからこそ過去のことを受け入れ、それを感謝に変えることができたからこそ今こうして経験談をお伝えすることができていると言います。
倫理の学びを通して気づくことの大切さを教えていただきました。

猫田岳治講師ありがとうございました。

文責:事務長 寺内不二郎

 

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